一連の報道に関して、思うこと


梅雨のはずなのに晴天が続く、大川村です。

今日は、いま話題になっている、議会のこと…をちょっと違う角度からお話ししたいと思います。

報道の在り方に対して思うこと、そして行政との向き合い方に関して思うことです。

取材をしてくださった方だけではなく、村の人、そして関心を寄せてくださっている人に向けても書いているつもりです。

写真も少ないし、文章が長くなります。拙い文章ですが、どうぞおつきあいください。


もくじ

1)報道の「現場」で感じた違和感

2)伝え手にとってのメディア、受け手にとってのメディア

3)今回の件でいちばん大切なこと

4)変容する田舎

5)終わりに


***


1)報道の「現場」で感じた違和感


5月初めに表明された「町村総会の研究を始める」という出来事で、大川村の名前が広く知られるようになりました。

その手段として大きな役目を担ったのが、メディアです。

現行の日本の民主主義の在り方が問われる重要なケースとあって、多少、センセーショナルな言葉で報道がなされました。

表明以降、毎日のように記者の方が来村されています。特に、議会での正式表明をなした今週の初めには、17社(私の聞いた数字では)もの記者の方が来られていたそうです。小さな役場はもう人がいっぱい。異様な雰囲気が漂っていました。


結論から言うと、今回の報道の中には、村民の意に沿わないものが少なからずありました。


「ほんとうにこの人たちは私たちのことを思って報道してくれているのかな」

と思ってしまいました。


取材の中で、感じた違和感。

「ああ、この人たちは脚本を用意していて、その実証がほしいんだな」

その原因は、ここにありました。


「元気すぎるからもっとしんどそうに歩いてください」

記者からそう言われたおばあちゃんがいたそうです。

いつも通う坂道を上るカットを撮るときのこと。


「町村総会を実現するならば、村民の、特に高齢者の移動が困難だ」という課題があります。

それを画で示したかったのでしょう、いつもはすいすい上る坂道を、10回以上歩くことになったそうです。

彼女は80歳を超えていますが、ここで暮らしてきた人たちの足腰をなめちゃいけない。今でも自分の足で山を登り、下り、移動をします。


「自分のありのままの姿ではなく、「高齢者のイメージ」を押し付けられたような気分になった。悲しかった。」

と、語っておられました。


私自身も悲しい思いをしました。

夕食の時間、あるお家にお邪魔していた時のこと。家族のだんらんの様子を撮りたいから、とTVの取材の方が急遽訪ねてこられました。

そこで告げられたのが、「あなたは映らないでください」ということでした。

親族でもないし、まだ来て間もない移住者だし、画的に説明しづらいから入らないで、と。

その場でも悲しかったけれど、ニュースの映像を見るとやっぱりショックでした。見事に全部私が映らないように編集されているのです。

「だんらんの風景でさえもこんなに意図的なんだ」と。

(放映直後、わずかに映った手と笑い声だけで「あれ、あんたやろ」と母が連絡してきたのにはびっくりしました。母は偉大だ……笑)


なにも、映らなかったこと自体が悲しいのではありません。

取材の人たちが、実際の村民ではなくて、「脚本の中の村民たち」を見ていたことが悲しかったのです。


私は、人はお互いの存在を認め合うことで喜びを感じると思っています。その現象の一つが「言葉のキャッチボール」でしょう。的を得ない会話や、相手が自分のことばかり話す会話は楽しいものではありません。「それどうゆうこと?」など、相手と共に作っていく会話こそ、新たな発見や感情が生まれるものだと思っています。もちろん、多少の例外はありますが。


形はちょっと違うけれど、その取材も「キャッチボールではない会話」でした。

カメラがない時にはその人たちとも楽しいだんらんの時間を過ごしました。…だからこそ、作為的なあの場面がとても悲しかった。


他にも、「あくまで村総会の設置を検討し始める」なのに、「議会廃止へ 村総会設置」など今にも議会を廃止するかのような見出しが躍っていたりと……それは違うよ、と言いたくなることは、いっぱいありました。


むらの人と喋っていて知ったのは、

その状況は違えど、「脚本通りの画や言葉を求められる」ことで寂しく感じた村民は少なくない、ということでした。村のほんとうの姿を見ようとしているように感じなかった、と。

今回の報道は、メディアによって「田舎」の負のイメージが色濃く作られていたように思います。



2)伝え手にとってのメディア、受け手にとってのメディア


でも。

だからと言って「メディアはだめだ!」とか言いたいんじゃ、ないんです。


今回の報道(特に今週初め)の多くは、その日や翌日のうちに流れるものだったと認知しています。

収録してから編集、確認…放映までにどれほどの時間がかかるでしょう。その日のうちに流れたものだからその早さにびっくりしてしまいました。


ニュースは瞬発力が求められるもの。

そりゃあ脚本だって必要なはず。


予想を越える部分に言及する間はないんじゃなかろうか。

私たち村民の考えが予想を越えるものではない、ただそれだけなのかもしれないけれど。


一方で、まだ記事にはなっていないけれど、「村民のことをもっと知ったうえで、議論をしてみたい」と足しげく通ってくださる記者の方もいらっしゃいます。「取材云々じゃなくて、ただ雰囲気が好きで…」と、暑くて大変な草刈りのお手伝いにも来てくださいました。

今回の取材でも、「あ、キャッチボールできた!」と思う記者や大学の先生もおられました。

彼らはきっと、また来てくれると思います。議会のことが収束した後でも。


報道に関わる人でも、いろんな立場の人がいらっしゃいます。


結局、私が言いたいのは、

「ほんとうのことは、自ら触れてみないとわからない」

ということです。


客観的な報道というのは存在しないと思います。

事実に触れていたとしても、どれを切り取って編集するかはその人の目線にすぎない。それが同時に「味」になるのだと思います。


なるべく、取材対象の内なるものを取り込める、そんなメディアであってほしいなと思うし、今回取材に来られた方にも考え直してほしいところはあります。


だけれど、やはり限界はある。

取材を受けてみて私自身も学びました。

「報道の受け手も努力をしなければならないのだ」と。


受け取る努力とはつまり、想像するちからのことです。

この情報の発信者はどんな人なんだろうとか、どんな意図をもって物事を見てるんだろうとか。使ってる言葉、使ってない言葉はなんだろう、とか。

ニュースだって人間の伝えるものです。伝え手によって見方が異なるものです。

事実に近づくためには多角的にものを見る必要があります。いつまでも受け身ではならんのです。


たった400人の村、たかがひとつの村。

それだけでも様々な切り口があるのです。

どうか、この記事を読んでくださっている方にも、大川村に関心を持ってくださっている方にも、知ってほしい。報道で見る大川村だけが大川村じゃないのだと。



3)今回の件でいちばん大切なこと


もちろん、一番大事なことは報道の内容ではありません。

私たち村民自身が、議会のことをはじめ、村政の在り方を問い続けていくことです。


大事なのは結果よりもそのプロセスでしょう。


そもそもこの話が持ち上がったのは、「行政や議会に対する村民の関心が薄いのではないか」という危機感からでした。議会の在り方という、いささか大きなテーマを通して民主主義の「主人公」である村民自身の参加「意欲」を問うたのです。


これは何も「過疎の果て」だから言えることではなくて、どこの自治体、あるいは日本という国レベルでも言えること。

人口の多いところにはある程度、「議員、やります!」という人がいます。行政に対して働きかける人もいる。でも、それを「自分には縁のないことだ」と言って、時に冷ややかな目で見ている人のほうが大勢じゃないかな。

それには、いろんな要因があるから一概に言えないけれど、議会や行政が遠く離れたところにあるからでしょう。


そういう意味では、400人という少ない人口で物事を考えなければならない、大川村ないし過疎の地域では、「手触り」をもって行政に関わることができると思います。


私はそこに、可能性を感じます。

議会が存続するにせよしないにせよ、もっと村民をinvolve(内包)した村づくりができるんじゃないか、と。

本当はみんなが議員です。

それが、特に規模が大きくなると大変だから、選挙で代表者を決めて議論を委託したのがいまの「議会制民主主義」の成り立ちです。

本当は、仕事とは別にふだんの生活の中に取り込まれているべきもの(ヨーロッパでは議員は無報酬だとか、夕方から議会を開くところもあるそうです)。

意識から、問い直していくべきところも大いにあると思います。



4)変容する田舎


ご存知の方も多いと思いますが、近年、若者を中心に田園回帰が進んでいます。

これは、私が大学での学びの中で得てきた見識ですが、

田舎はもはや、かつての田舎ではありません。

それぞれが特色を持つ「舞台」になっていると感じます。


昔は「華がない」「夢がない」、ないない尽くしだと言われました。

それはいまもあんまり変わってないかもしれない。都会と比べると。

だからこそ人々は、そこに向かうのです。

ないところからつくろう、と。ものなり仕事(産業)なりを。


望めば大体ものもコトも手に入ってしまう時代、私たちは生み出す喜びから遠ざかって生きてきました。

全身で考え、試行錯誤する。結果よりもそのプロセスに喜び―生きがいがあるのだと思います。

(政治のことだってそう。離れてしまっていたものを取り戻す、その過程にやっぱり喜びはあるのだと思います。)


そういった外からやってくる人を見て、中の人も変わってきていると聞きます。

具体的な話になるので割愛しますが、変わっていく田舎の話はたくさんあります。


話は戻るけれど……

田舎の見方がちょっとでも変わればいいなと思います。

中にいる人も、外にいる人も。

「過疎=元気がない=限界」の図式を崩したい。

地道だけれど、愚直にむらのことを知り、発信し続けることが大事なのかなと思います。



5)終わりに


「過疎の限界」とか言われているけど、大川村はちっとも限界じゃない。そう思います。


人数が減ったのも、白滝鉱山の閉山や早明浦ダムの建設で大量転出したという過去があります。「作られた過疎だ」と唱える人もいる。暮らしはちょっと不便だけど、「ここの暮らしがいい」と選んで住み続ける人がいる。

世代を超え、元気な人がいっぱいいる。山で育ったおじいちゃん・おばあちゃんは足腰が強くて超元気だし、若い人も年々増えている。お祭りなど行事はみんなで準備し、楽しみ、片付ける。村のことも、このままじゃいかんね、といつも考えているし、なにか発案すれば「手伝っちゃろ」と力を貸してくれる人もたくさんいる。


そういうイメージは議会のこととはまた別かもしれない。

でも、それがあるからこそみんなで一丸となって模索できるんじゃないかと思います。


私自身はまだここに住んでわずか2か月しかない。知っていることも少ない。

そんなお前がとやかく言うな、とも言われそうだけれど、、、どうしても著したかった。これでまた新たな議論が生まれたら、それはまたいいことなんだと思います。

まだまだ勉強不足だし、村の意見の100%は汲めていないかもしれない。

でも、一連の報道が始まって以来ずうっと考えてきたこと、村の人と話して思ったこと、一意見として、踏み込んだことを書かせてもらいました。


謙虚に、時に大胆に。

村民のひとりとして、私もいっぱい勉強したいと思います。


読んでくださってありがとうございました。

どうか、大川村のこと、温かく見守っていてください。


d0357168_20363663.jpeg

緑のふるさと協力隊

阿部夏海



[PR]
by sea-723 | 2017-06-15 20:48 | 大川暮らし | Comments(0)